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東京地方裁判所 平成4年(ワ)8791号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一億六四七二万三〇〇〇円及び

内金二七四万五〇〇〇円に対する平成三年一一月三〇日から、

内金二七四万五〇〇〇円に対する平成四年一月一日から、

内金二七四万五〇〇〇円に対する平成四年二月一日から、

内金二七四万五〇〇〇円に対する平成四年三月一日から、

内金一億五三七四万三〇〇〇〇円に対する平成四年三月六日から、

各支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、次の金員を支払え。

1  金一億六一九七万八〇〇〇円に対する平成三年一一月三〇日から同年一二月三一日まで年八パーセントの割合による金員

2  金一億五九二三万三〇〇〇円に対する平成四年一月一日から同年一月三一日まで年八パーセントの割合による金員

3  金一億五六四八万八〇〇〇円に対する平成四年二月一日から同年二月二八日まで年八パーセントの割合による金員

4  金一億五三七四万三〇〇〇円に対する平成四年三月一日から同年三月五日まで年八パーセントの割合による金員

三  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  請求の原因

1(一)  被告は、昭和六三年二月二九日、住友銀行(八重洲支店)との間で、銀行取引を開始した。その際、原告は、被告の委託を受け、被告のため、同銀行に対し、限度を定めず連帯保証する旨の連帯根保証をした。(争いがない)

(二)  原告が、右連帯根保証を行つたのは、被告が原告に対し、三年後には被告は、銀行に対する一切の債務を完済し、原告の保証責任を消滅させる旨確約したからであつた。

2  ところが、被告は、約束の三年後である平成三年三月に至るも、同銀行に対する債務を完済せず、同年一一月以降、約定の支払を遅滞させるに至つた。(滞納の事実は争いがない)

3  被告と住友銀行との間の取引内容は次のとおりである。すなわち、被告は、昭和六三年二月二九日、住友銀行との間で、極度額を一億六五〇〇万円と定めた住友バンクライン契約(当座勘定借越契約)を締結した。そして、右契約に基づき、平成三年一一月五日、左記の契約(以下「本件借入」という。)を締結し、被告は、住友銀行から金員を借り受けた。(争いがない)

(一) 金額 一億六四七二万三〇〇〇円

(二) 返済方法 別紙バンクライン内入明細表(記入帳兼用)記載のとおり平成三年一一月二九日から毎月元利分割により六〇回により返済する。

(三) 利率 年八パーセント

(四) 損害金 年一四パーセント

(五) 期限の利益喪失 被告が分割金を一回でも遅滞したときは、銀行の請求により期限の利益を喪失し、残額を即時支払う。

4  被告は、右の借受金につき、初回約定返済分以降の支払をすべて遅滞したため、住友銀行は、平成四年三月五日に被告に到達した書面により、期限の利益を喪失させた。そして、住友銀行は、連帯保証人である原告に対しても、元金一億六四七二万三〇〇〇円とこれに対する約定遅延損害金を請求している。(争いがない)

5  原告が、連帯保証人として住友銀行に支払うべき金員は次のとおりである。(争いがない)

(一) 元金 一億六四七二万三〇〇〇円

(二) 既発生約定利息

(1) 金一億六一九七万八〇〇〇円に対する平成三年一一月三〇日から同年一二月三一日まで年八パーセントの割合による金員

(2) 金一億五九二三万三〇〇〇円に対する平成四年一月一日から同年一月三一日まで年八パーセントの割合による金員

(3) 金一億五六四八万八〇〇〇円に対する平成四年二月一日から同年二月二八日まで年八パーセントの割合による金員

(4) 金一億五三七四万三〇〇〇円に対する平成四年三月一日から同年三月五日まで年八パーセントの割合による金員

(三) 約定遅延損害金

(1) 内金二七四万五〇〇〇円に対する平成三年一一月三〇日から、

(2) 内金二七四万五〇〇〇円に対する平成四年一月一日から、

(3) 内金二七四万五〇〇〇円に対する平成四年二月一日から、

(4) 内金二七四万五〇〇〇円に対する平成四年三月一日から、

(5) 内金一億五三七四万三〇〇〇円に対する平成四年三月六日から、

各支払済みまで年一四パーセントの割合による金員

6  よつて、原告は、被告に対し、民法四六〇条二号に基づく事前求償権により右5記載のとおりの金員の支払を求める。

二  被告の主張

1  原告は、昭和六一年一〇月ころから平成四年五月末日まで被告の取締役の地位にあつたものであるが、原告は、職務に専念せず、平成四年一月には被告と同業である内装工事業を目的とした株式会社ケースメントを設立して被告の従業員を引き抜き、被告の顧客に対して被告が倒産の危機にある旨告げるなどして被告の営業を妨害し、さらに、被告保有の不動産に対して仮差押えをしたため、被告は不動産売却による再建も困難となつた。したがつて、原告は、取締役としての忠実義務に違反し、被告を倒産状態に追いやつた者であるから、原告の求償権行使は、権利の濫用であり、信義則上、認められない。

2  原告が、本件連帯根保証をしたのは、原告が被告に経営参加することを前提として、原告が被告の専務取締役に就任し、被告の業務に専念することを条件としてなされたものであり、さらに、被告は、原告に対し、保証料として毎年一六五万円支払うことを条件としてなされ、被告は、原告に対し、右保証料を支払つてきたものである。しかるに、原告は、その業務を一方的に放棄したものである。(被告が保証料として合計三八五万円を原告に支払つたことは争いがない)

3  被告は、前記1の原告の行為により、平成四年六月末日で約一億円の欠損を生じた。さらに、被告は、平成四年三月一六日、被告所有の東京都江東区東陽一丁目一〇番六所在の土地四三・三九平方メートル及び同地上の鉄骨造陸屋根五階建店舗事務所(以下「東陽町不動産」という。)を第三者に二億六二〇〇万円で売却する旨の契約を締結し、同日、手付金一〇〇〇万円を受領し、同月二三日に残金を受領する予定であつたところ、原告は、右不動産に対して同年四月九日受付により仮差押を行つたため、被告は、右売買契約が履行不能となり、一億六八四八万二五〇〇円の損害を蒙つた。よつて、被告は、原告に対し、平成四年一〇月三〇日到達の書面により右損害賠償債権と原告の求償金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。(原告が仮差押を行つたこと、書面の到達は争いがない)

4  被告は、民法四六一条一項に基づき、原告が担保を提供するか、被告に免責を得させるまでは求償を拒絶する。

三  原告の反論

被告は、なんらの理由がないのに、弁済期を経過しても住友銀行への債務の弁済をせず、多少残つている資産をこれに充てず他に費消しようとしており、担保未提供を理由にこれを拒絶するのは公平を欠く。

第二  認定事実及び判断

一  請求の原因1(一)の事実、同2の事実のうち被告が住友銀行への支払を怠つた事実、同3~5の事実はいずれも争いがない。同1(二)及び同2のその余の事実は《証拠略》により認めることができる。

二  そこで、被告の主張について判断する。争いのない事実及び《証拠略》を総合して認められる事実は次のとおりである。

1  原告は、昭和五五年ころから赤坂でレストランを経営していたが、昭和六一年一一月ころ火災に遭い、廃業することとなつた。その際、火災保険の関係で損害保険会社と折衝する過程で被告(当時の商号は株式会社東イン)代表者であつた関口進を紹介された。当時、関口進は、副業として駅弁販売を行つていたことから、原告は、これを手伝つた。その後、昭和六二年一〇月ころ、原告は、被告の仕事の手伝いをやめて、赤坂でおにぎりや「花だん」を経営することとなつたが、関口進はしばしば右店舗を訪れ、被告の資金調達のために原告所有の不動産を担保として提供するよう懇請した。そのため、原告は、これを了解し、被告が五〇〇〇万円を借り入れるための担保として原告所有の東京都墨田区《番地略》宅地一四九・六八平方メートル(以下「原告所有地」という。)を担保として提供することとした。ところが、関口進は、原告が了解した金額を超えて、原告所有地に、昭和六二年一二月八日受付で極度額五〇〇〇万円、根抵当権者株式会社スペースリーシングの根抵当権設定登記及び同月二五日受付で極度額三〇〇〇万円、権利者港建設株式会社とする根抵当権設定仮登記を経由した。さらに、被告は、昭和六三年一月二〇日受付によつて右各登記を抹消して極度額九〇〇〇万円、根抵当権者株式会社港ファイナンスとする根抵当権設定登記を経由した。その後、関口進は、原告に対し、港ファイナンスからの借入を住友銀行に借り換えしたいといつたため、原告は、三年後に担保を抹消することを条件に応じ、関口進もこれを了承し、かつ、原告に対して保証料を年三パーセント支払う旨提案したことから、原告は、昭和六三年二月二九日、被告と住友銀行間の銀行取引につき連帯根保証した上、原告所有地に極度額一億六五〇〇万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を住友銀行のために設定登記した。ところで、原告が行つていたおにぎりやは経営不振だつたことから、昭和六三年三月ころ、右店舗の営業一切を被告に譲渡して原告は被告に従業員として正式に入社した。

2  被告は、不動産業、金融業及び内装業を主たる業務とし従業員数名の関口進のワンマン会社であつたが、前二者は関口進が行い、内装業につきその余の従業員を従事させ、原告も内装業に従事することとなつた。被告は、原告入社後である平成元年七月には東陽町不動産を取得し(なお、建物の保存登記は同年六月)、平成三年七月には東京都墨田区《番地略》宅地六八・〇三平方メートル(以下「両国土地」という。)を取得してその後ビルを建築したが、右に伴つて多額の借入を行つたため、その後のバブル崩壊によつて資金繰りが悪化し、経営不振となり、平成六年三月には関口進は被告の代表取締役を退任し、その商号も現商号である株式会社サンスイに変更するに至つた。この間、関口進は、原告の了解を得ることなく、昭和六二年一二月、原告を取締役に就任させてその旨の登記を経由したが、原告がこれを知つて専務取締役の名刺を持たされたのは翌六三年六月のことであつた。また、本件根抵当権設定の際に原告・被告間で合意された三年の期間が経過したにもかかわらず被告は右根抵当権の抹消を行おうとせず、かえつて住友バンクライン契約(当座勘定借越契約)に基づき、平成三年一一月五日、住友銀行から本件借入を行い、その後の分割弁済を一度も行つていない。そのため、住友銀行は、被告及び原告に対し、平成四年三月五日到達の書面により期限の利益喪失を通知した。なお、本件根抵当権設定の際に被告が原告に約束した保証料については一六五万円を二回、一三万七五〇〇円を四回受領したのみである。

3  このようなことから、原告は、住友銀行から連帯保証人としての責任を追及され、かつ、原告所有地を競売によつて失う危険にさらされたため、被告に対する信頼を失い、平成三年一二月、被告を退社し、平成四年一月二七日、株式会社ケースメントを設立して内装業を営むこととなつた。なお、右会社には、従前、被告の従業員であつた園部継夫、都所花子が取締役として就任しているが、右は、原告が被告から引き抜いたものではない。

4  原告は、平成四年四月九日、本件事前求償権を被保全権利として東陽町不動産について仮差押決定を、同年六月二九日、両国土地について仮差押決定及び東陽町不動産の建物賃料について仮差押決定を得た。また、両国土地については、平成四年一〇月五日に競売開始決定がなされている。なお、右東陽町不動産の仮差押に先立つ同年三月一六日、被告は、大橋敏貞に対し、右不動産を代金二億五〇〇〇万円で売却する旨の売買契約を締結して手付金一〇〇〇万円を受領し、残代金は移転登記と引き換えに同年四月二三日に行われる予定であつたが、前記仮差押がなされたため、右売買契約は解消され、被告は、違約金二〇〇〇万円を支払うこととなつた。その後、平成六年一月二八日、原告所有地に対して住友銀行申立てによる競売開始決定がなされている。

以上のとおり認められる。被告は、原告の任務懈怠を主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、さらに、被告の経営不振・倒産の原因は前記認定のとおり、被告による不動産投資及びこれに伴う多額の借入に起因するものであつて、原告に帰責事由を認めるに足りる証拠はない。さらに、東陽町不動産について、売買契約締結後に原告が仮差押を行つたことは前示のとおりであるが、右仮差押を行うに至つた経緯は、被告が原告との間の担保提供期間の合意に違背し、かつ、被告が自ら主債務者として借り入れた本件借入を一度も弁済せずに期限の利益を喪失したことから、原告が、保全の必要上行つたものであつてこれを違法とする理由はない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告の信義則違反又は権利濫用の主張及び相殺の主張は理由がない。

三  そこで、被告の担保提供請求の主張について判断する。

民法四六一条一項は、委託を受けた保証人から事前求償権を行使された場合につき、主債務者が求償に応じた上で保証人をして担保を供せしめ又は保証人に対して主債務者を免責させるよう請求する権利を規定している。その法意は、主債務者が、保証人に対して事前求償権に応じて賠償を行つたにもかかわらず、保証人がこれを費消等してあえて債権者に対して弁済を行わないとも限らず、その場合には、債権者は、主債務者に対して請求をすることができるため、主債務者は、ややもすれば二重の弁済をしなければならない危険があることから、主債務者を保護するために規定されたものと解される。委託を受けた保証人は、元来、主債務者から委任を受けた立場であつて委任契約によつて生じる権利・義務を有する者であるから、保証人の事前求償権の行使によつて主債務者から支払を受けた金員については、受任者の受けた費用前払金と同種の性格を有し、保証人は、右金員によつて債権者に弁済すべき義務を負担するものである。したがつて、民法四六一条が定める「担保」の被担保債権は、保証人が右の趣旨に反して弁済しなかつたことによつて発生する主債務者の保証人に対する損害賠償債権である。他方、民法四六一条二項は、主債務者は、供託を行うか、担保を供するか又は保証人に免責を得させることによつて保証人からの事前求償権を免れることを認めている。右の各規定を考慮すると、保証人の事前求償権の行使と民法四六一条一項の主債務者の担保提供請求とを同時履行の関係とみることは保証人に酷にすぎ(元来、保証人は保証によつてなんらの損失をも蒙らない立場である。)、事前求償に応じた上で、担保提供を請求することができる権利、すなわち、事前求償義務を先履行と解すべきである(我妻・新訂債権総論四九二頁、平井宜雄・債権総論第二版三一七頁)。したがつて、引き換え給付を求める被告の主張は採用することができない。

四  以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言は相当でないのでこれを付さない。

(裁判官 吉田健司)

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